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光のカナダ留学blog

30歳で会社を退職。現在カナダ留学中です。

日本人と韓国人が似ていることを再認識した話

思うこと 留学全般

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今朝、次の記事を読みました。

両国でお互いの国を「信頼する」と答えた韓日両国の国民の比率が、20%に過ぎないという結果なのだそうです。

日本人のうち韓国を「信頼できるパートナー」と見ると答えた人は23%にとどまった。これは昨年(16%)よりは増えたものの、相変らず低い数値だ。韓国も同じで、日本を「信頼できるパートナー」と見ると答えた韓国人は22%で似たような結果だった。

嫌韓と反日感情

私はこの手の記事を見るといつも納得できずにいます。以前次の様な記事も書きましたが、嫌韓や反日といった感情は、実際にその国に住む人と出会った上での感情なのか、それともマスコミやインターネット、本などが長年に渡って作り上げた幻影なんじゃないのかと、いつもモヤモヤしてしまいます。

韓国人は実は優しくて、とても親しみやすい

韓国人が優しくて、親しみやすいという感情は、留学した事のある日本人ならおそらく一度は経験があるのではないでしょうか。私もカナダに来てそろそろ一年半になりますがなりますが、これまで出会った韓国人に対して抱いている感情はポジティブなものばかりです。何より、カナダにきて一番付き合いやすいと感じている外国人は、私にとって韓国の人です。英語がお互い理解しやすいという表面的な部分も勿論ありますが、もっと根本的な部分。彼らと会話をするたび、物事の考え方とか言葉の選び方、会話における間のとり方や空気の読み方など、韓国人は日本人ととても良く似ていると思ってしまうのです。

 

グループワークでの韓国人女性の話

最近、日本人と韓国人がとても似ていると感じる出来事がありました。

学校のあるクラスでグループワークがあり、私はある韓国人女性と同じグループになりました。年齢は私と同じか少し下、私と同じように仕事を辞め、今年の夏からカナダに留学をしていました。

他のメンバーは、ネイティブカナダ人(一人はアジア系)の二人(AさんとBさん)で、計4人グループ。このグループでのグループワークはこれで2回目で、今回はリサーチレポートを提出するというものでした。私たちは事前の打ち合わせで作業を4人で分担、締め切りの3日前に一旦ドラフト版を完成させて修正作業をしようという話になりました。グループの中でこの韓国人女性はとても責任感が強く、自発的に打ち合わせの議事録をメールで発信してくれたり、Web上にレポートのAPAフォーマットの準備をしてくれたりと、色々グループのために尽くしてくれていました。

そして、締め切り3日前。私と彼女の部分は前日に終わっていましたが、残り二人のレポートが夜になっても更新されていません。このグループは全員が別のコースを取っている為、付き合いはこのクラスのみ。唯一の連絡手段であるメールやテキストにも彼らからの返信は無く、彼らが今どういう状況なのかも分からずに二人で愚痴を言いながらただひたすら待っていました。連絡を貰えれば助けてあげることもできますが、それも無いと、こちらとしては待つこと以外何もできません。

実は、このような事は今回が初めてではなく、前回のグループワークでも同じ様なことが起こりました。今回と同じくこの時はあるリサーチについてプレゼン資料を作り授業で発表するという内容でしたが、当日朝になってもBさんからの連絡がありません。そして授業直前の休み時間になって初めてUSBでデータを渡され、何故遅れたのかを確認すると、PowerPointのWebへのアップのやり方が分からないので更新出来なかったという回答でした。その時は何とかプレゼンには間に合いましたが、見直しが出来なかったため、彼女のスライドの内容の一部が、他の人と被ってしまいました。

 

そして今回、レポート提出する締め切り前日になっても更新されない状況に、私とその韓国人女性のイライラは募っていきます。連絡も来ないため何も出来ずただ時間だけが過ぎていき、翌日の朝、ようやくAさんからお昼頃完成するという連絡がありました。結局12:30頃にアップされたAさんの部分を、授業の始まる14:30まで私とその韓国人女性(+ネイティブのヘルプ1人)で必死に校正作業。何とか形にしてプリントアウトしましたが、結局Bさんの分は無いままとなりました。

そして授業開始前の休み時間。Bさんがレポートを紙で持ってきて一言、ダブルスペースのやり方が分からなかったので直して一緒に提出してほしいというのです。そこで韓国人女性と私の怒りは最高点に到達、そして爆発しました。

まだ休み時間中でしたが教授の所にグループ全員で向かい、

「遅すぎる」「連絡も何も無いのに無責任すぎる」「今回が初めてじゃない」「もう一緒にグループワークをやりたくない」

など、これまで溜まりにたまっていた感情を一気に捲し立てる彼女。私はあまり口を出せませんでしたが、最終的にBさんが自分の非を認め、また教授も私達の状況に理解を示してくれて今回はBさんと別々の提出でOK、次回Bさんにもう一度チャンスを与えるという事で今回の件は収まりました。

私は、カナダに来て数ヶ月にも関わらず見事に彼らを納得させた彼女の能力をリスペクトすると同時に、話の組み立て方がとても日本人と似ていると思ったのです。感覚的な話なのですが、言葉の端々から生まれる彼女の怒りのベクトル、何に対しての怒りなのかというところが私ととても良く一致していて、彼女の気持ちが手に取るように分かってストンと共感できました。

 

共通するのは思いやりの心

授業の帰りに彼女と話している時、彼女が次のようなことを言いました。

私は私のせいで他の人に迷惑を掛けたくない。あなた(私のこと)にテキストを打つのさえ作業の邪魔になるんじゃないかと気が引けた。彼女(Bさん)がもし困っているならメール等で示してくれれば私たちは助けられたけど、彼女はそれをしなかった。グループでやる以上、信頼が一番大切。彼女は人への迷惑を考えなかった、そこが私は一番許せない。

これを彼女の口から聞いた時、私の中ではっきりしました。この女性は私達と全く変わらない感情をもっていると。

言っている事はとても当たり前のことです。でも韓国に対してマイナスの感情を持っている人の韓国人像とは遠くかけ離れているのではないでしょうか。勿論、彼女は一人の韓国人で、当てはまらない人も多くいるでしょう。でも私が韓国人に親しみを持って接しているのは、カナダで出会った彼らの多くにこういった人への思いやりを感じ取っているからなのです。

 

お互いをもっと知れば仲良くなれる

家に帰り、彼女がテキストで言ってくれことがとても印象的でした。

これは私達のカルチャー(文化)。日本人や韓国人はいつでも他の人達の気持ちを考える。でもいくつかのカルチャーはそうではない事を理解した。

彼女のこの発言には確かに語弊があります。全てのカナダ人が今回のBさんの様な態度を取るとは思えないですし、私達の中にも同じように振る舞うひとはいます。でもこのメッセージで私が一番言いたいのは、彼女が、日本人と韓国人を一括りに考えてくれていたということです。私はそれがとても嬉しかったし、日本人と韓国人は、お互いをよく知ればもっと仲良くなれる筈だと実感したのです。

 

現状は両国に対するアレルギー感情が悪循環を生み出している

冒頭の話に戻ります。私も韓国の人の全員が全員、今回の韓国人女性のような人だとは思っていません。ただそれは結局日本人も同じではないでしょうか。今回のような件もあって、私はお互いの国を20%の人しか信頼しあっていないという結果は、どうしてもそのまま飲み込むことができません。お互いをよく知らないだけで、日本人と韓国人は根本でとても良く似ているのではないか、というのが私の今の思いです。

韓国と日本の現状は、文化や人の交流が全く足りていない証でもあるのだと思います。しかし、これまでに積もりに積もったお互いの国民に対するアレルギー感情が障害となり、良好的な交流にはなかなか至っていません。実際、同記事のヤフコメを見てもこの結果に納得している人が大多数のようです。でも、このうち実際に韓国人と話したことがある人はどれくらいいるのでしょう。日本人、韓国人の双方が、過去の歴史や先行した悪いイメージにとらわれ、お互いをよく知らないまま年月とともに悪感情だけが増長されて今があるのだというのが私の考えです。

日本の内閣府が毎年調査している「外国に対する世論調査」という別の調査結果によれば、韓国に対して「親近感を覚える」と答えた日本人の比率は韓流が最盛期だった2000年代後半には60%を超えていたが、昨年は33%まで下落した。

上にもあるように、韓流が流行った2000年台後半には韓国に親近感を持っている人が60%も居たのです。イメージだけで韓国人はこういう人達だ、と決めつけている事はないでしょうか。

 

まとめ

現状を変えるには何か大きなきっかけが必要ですが、両国に対する今のネガティブ感情を考えるととても難しいのは理解しています。でも日本人も韓国人も、特に若い人達はとても柔軟な考えをもっています。少なくとも私の周りにいる日本人は、みんな韓国人に対して友好的な感情を持っています。彼らはとても優しく、責任感があり、真面目です。そして私達と同じように人の気持ちをよく考え、人を思いやる心を持っています。そこには何の違いもありません。

まずは若者同士の交流をもっと積極的に行えるような場を整え、そこを起点に国同士の文化交流そして人の交流と広げていけば、いつか明るい未来が開けるのではないかと信じています。